二人の絵描き

 秋空の下、枯れ葉を踏みしめながら二人の学生がキャンパスを歩いて来ます。

一人は絵を学ぶ学生でした。幼い頃から絵を描くのが好きで、将来は絵を描いて稼いで暮らしていきたいと思っていました。もう一人もまたプロの絵描きを目指していました。二人はこの学校に入った頃からの親友でした。一緒に街に絵を見に行ったり描きに行ったり、

「ぼくはたとえ貧しくても一生絵を描けたら幸せだろうな。」

「おれはみんなに注目される絵を一枚でも描けたら幸せさ。」

こんな風に絵のことで夜通し熱く語り合ったりすることもありました。

卒業が間近にせまり、二人は卒業作品に取り掛かっていました。

「シェリー、君は何を描くんだい。」

その卒業記念の展覧会には世界中のバイヤーが見に来きます。この出来次第で将来を左右する大事な展覧会です。

「そうだな。人物画にしようかなと思ってるんだ。」

シェリーはボビットにそう答えました。

「ミーシャかい。」

「ああ、そうだ。」

ミーシャは二人のよく行く喫茶店で働くウエイトレスの女の子でした。少しウェーブのかかったブロンドの長い髪、エメラルド色の大きな瞳が印象的です。シェリーは彼女のことが好きでした。それは態度を見ていればわかります。このときまでボビットも彼女を描くつもりでいました。

「ボビット、おまえもミーシャを描くのか。」

「いや。おれは風景画にするよ。」

そうしてシェリーはミーシャの絵を描き、ボビットは街に出て教会の絵を描きました。ボビットはシェリーの才能を認めていました。シェリーと同じものを描いて、二つの絵が見比べられることが怖かったのです。二人の絵は締め切り間近になって完成しました。

そして間もなく学校あげての卒業記念の展覧会が行われました。卒業生の絵はみんなここに飾られます。その中で一際、目を引いたのはシェリーの描いたミーシャの絵でした。この絵の前ではどの人も必ず立ち止まっていきます。その後、シェリーの絵は雑誌に取り上げられ瞬く間に有名人になっていきます。

一方、ボビットの書いた教会の絵は注目をあびることはありませんでした。展覧会が終わった後で先生に呼ばれました。

「ボビット。卒業おめでとう。君の絵は卒業できるレベルに達している。しかし、悪いことは言わないからこの道で食べていこうなんて思わないことだ。残念だが、君には絵の才能がない。」

先生からこう言われました。でもボビットは卒業した後も絵を書き続けました。街に出て、自分の絵を売ったり、似顔絵を描いたりして生活をしていました。その暮らしはとても貧しいものでした。

ある日、ボビットのアパートへ一人の男が訪ねてきました。黒づくめのコートにシルクハットを深くかぶり顔はよく見えません。大きな皮のカバンと一枚の絵を抱えています。

「この絵を描いたのはあなただね。」

それは確かに学校にいた頃、ボビットが描いた絵でした。

「あなたに仕事を頼みたい。とある画家の作品を真似て描いてもらいたいんだ。」

男が取り出した本には画家とその絵が載っていました。それはあのミーシャを描いたシェリーの絵でした。シェリーは今やこの業界では有名人になっていました。

「この偽ものを描けということですか?」

「そうです。この絵を描いたのがあなたならそれができるはずだ。」

それもそのはずでした。この絵は学校時代にシェリーに教えてもらいながら描いた絵でした。彼の画風に似ているのは当然です。それはたまたま運良く展覧会で入選した絵でもありました。

「お礼はこれでどうでしょう。」

男のカバンから出したお金は、ボビットが稼げる金額ではありませんでした。これだけ稼ぐためにはあと何年かけて何百枚絵を売らなければならないでしょうか。ボビットは迷いました。でもこのまま大好きな絵を描き続けられるのなら、とその話を引き受けました。

「では一ヶ月待ちます。また一月後に取りに来ますので。」

男はそういって帰っていきました。

ボビットは翌日から絵の制作に取り掛かりました。その間、部屋にこもりっきりでした。学生の頃はよくシェリーの作品をながめていました。細部までその特徴を知り尽くしていました。真似して描くのは難しいことではないはずでした。

それから一週間が経ちました。しかし、完成に近づけば近づくほど、色を塗り重ねれば塗り重ねるほどそれは違うものとなっていくのです。どうしてだろう…。ボビットを悩みました。

行き詰まったボビットはシェリーの絵を見に行くことにしました。ちょうど隣町で展覧会が開催されているポスターを見かけました。それにはあのミーシャの絵も展示されているらしいのです。

ボビットは会場に入ろうとしたとき、そこで偶然にもシェリーを見かけました。シェリーには卒業以来会ってはいません。シェリーの姿はあの頃からすっかり変わってしまっていました。高級なスーツを着て、高級な車に乗り、その助手席には派手な若い女性が座っていました。シェリーは卒業式のあと、プロポーズしてすぐにミーシャと結婚したと聞いていました。その日、ボビットはシェリーに話しかけることも絵も見ることもなく家に帰りました。

ボビットは部屋に戻ると、再び絵の制作に取り掛かりました。ほとんど眠ることもなく食べることもなく描き続けました。そして約束の日が来ました。

「出来ましたか。」

ちょうど一月が経ったころ、再びあの男が現れました。ボビットは一ヶ月前とは別人のようにやつれ果てていました。

「お願いです。もう一日だけ待ってもらえませんか。あと少しでつかめそうなんです。何だったらお金もお返しします。」

「いやそれは結構です。それでは、あと一日だけ待ちましょう。」

ボビットは自分の絵をじっと見つめました。そして最後に一筆描き入れました。

次の日、男が部屋にやってきた時にボビットの姿はどこにもありませんでした。紙切れが置いてあり、そこには「完成しました。持って行って下さい。」と書いてありました。

男は絵を見ました。男にも絵の心得はありました。絵は確かにシェリーが描いたミーシャにまさにそっくりでした。

「しかしこの絵は…。」

それから数ヶ月して、シェリーがオークションで自分の絵が売りに出ていると聞いたのは、展覧会の準備のために絵を描いている最中でした。シェリーは最近、自分の絵の出来が良くないことに苛立っていました。昔のように自分の描きたいものが沸いてこないのです。売りに出ているというその絵は、知り合いの政治家に高値で買ってもらったはずでした。政治家も大変気に入っていて売りに出したとは考えられませんでした。

シェリーはすぐに出かけました。オークション会場ではその絵はどの絵よりも高値で取り引きされていました。

シェリーはこのそっくりな絵が自分のものでないとわかりました。それどころかこの絵は自分の描いた絵よりも上手く描けていました。こちらを向くミーシャのうれしそうな喜びまでこちらに伝わってくるようです。絵には作者の名前がありません。

シェリーは一目でこの絵を描いたのはボビットだと気がつきました。しかもこんな生き生きとして描かれたボビットの絵を見たことがありません。あのとき、ボビットがミーシャを同じように描いていたら、今、ここに立っていたのは自分ではなくボビットだったかもしれない。そう思うとシェリーはいてもたってもいられなくなりました。

シェリーはボビットを探しました。ボビットの住んでいたアパートはもう他の人が住んでいました。いつもボビットが絵を描きに行っていた通りにも行ってみましたが、子供たちが川遊びをしているだけです。シェリーは心当たりのあるところは全部行ってみましたが、どこにもボビットの姿はありませんでした。

シェリーが最後に訪れた場所は学校でした。ここはボビットとシェリーの出会った場所でもありました。屋上で授業をさぼって昼寝をしていたシェリーに声をかけたのはボビットでした。シェリーの向かった先の屋上には人影がありました。

「ボビットか?」

返事はありませんでした。その代わりに屋上の端へと向かうボビットの姿が見えました。

「シェリー、それ以上こっちへ近づいたら、ここから飛び降りるからな。」

近づこうとするシェリーをボビットは制しました。

「どっちにしても飛び降りる気なんだろう。」

「そうだ。だからここから早く去れ。こんな騒ぎに巻き込まれたなんて世間に知れたら、きみにも迷惑がかかる。」

「ボビット、ばかな真似はやめろ。」

「そうだ。おれはばかな真似をしてしまった。偽ものを描くなんてどうかしてる。やってはいけないことをやってしまったんだ。しかもきみの絵だぞ。もう二度と絵なんて描くもんか。絵を描けないんなら生きてる意味なんてない。」

ボビットは屋根の端に足をかけました。

「待て、ボビット。本当はずっとこの絵が描きたかったんだろ。あのとき、ぼくが先に描いてしまったから、おまえの一番描きたかったものをぼくは奪ってしまったんだ。」

「そんなの関係ない。きみは悪くなんてない。」

ボビットは屋根の端に立ちました。

「じゃあね、シェリー。あの世から応援してるよ。」

「やめろ。」

シェリーは走り出しました。ボビットの身体は懸命に伸ばしたシェリーの指をすり抜け屋根の向こうへ落ちていきました。シェリーもかまわず、屋根の外へ身体を投げ出しました。

 

ボビットはベットの上で目を覚ましました。

「こ、ここは…?」

体中のあちこちが痛みました。実際、足はぐるぐると包帯が巻かれて骨が折れているようです。どうやらここは病院のようでした。

「良かった。ボビット、あなたは三日も眠っていたのよ。」

ベットのそばに立っていたのは確かにミーシャでした。あの頃と何も変わってはいません。

「三日も…。シェリーはどうした?」

「彼は、彼は昨晩死んだわ。あなたをかばうようにして、地面に落ちたそうよ」

シェリーは地面に落ちた後も、ボビットを抱えて必死に助けを呼ぼうと声をあげました。しかし打ちどころが悪く病院に運び込まれたときにはすでに手遅れでした。

「ぼくはもう十分描いたから、今度はボビット、きみの番だ。息を引き取る前に笑ってそう伝えてくれって言ってたわ。」

そう言うミーシャの目から涙がこぼれ落ちました。

「わああぁぁ…」

ボビットは叫ぶように大声で泣きました。その泣き声は秋空高く、どこまでも響き渡っていきました。

 

 (fin)