何でもAI



「『ニャンコる』さんですか?」
 そう言ったのは5つの角を持った星だった。顔には小学生が書いたような目と口がそこにはあった。それだけだった。手と足は…、この角の部分だろうか。
 アバター。仮想世界において活動する自分の分身となる存在。好きなようにデザインできる分、アバターにはその人間の性格が出る。上辺だけの情報で相手の内面を推し量らなければいけない。
 かく言う私はしなやかな猫の姿をしていた。真っ白な毛にした。巷では何も手を加えないナチュラル系が流行っていた。これにワンポイントを加える。ここに個性が集約される。私は虹色に光る首輪をしていた。
「それ、よくお似合いですね」
 星は首輪は指差し、私はそれだけでドキリとした。

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 多くのアバターが行き交う、ここはバーチャルワールド(仮想世界)。
 目の前では巨大な自由の女神がブレイクダンスを踊り、その隣ではスクフィンクスがエッフェル塔の下で昼寝をしていた。時折、ペガサスの群れが水浴びをしにカスピ海に降りてくる。
 足下の石ころを蹴飛ばしてみた。そのビジュアル、質感、重みは本物と見分けがつかないほどよくできていた。
 ここは地球上の有名な観光地と空想の生き物が集められたエリア。こんな誰かの手によって造られたエリアが星の数ほどあった。
 架空の物語の世界、海の中や宇宙空間、自分の好きなように造ることもできた。オープンに誰もが自由に入ることも、逆に特定の人だけが入れるように制限をかけたりすることができた。一人になりたいときは自分以外は入れないようにすればいい。
「『シンシ』さんはここによく来るんですか?」
 アカウント名もセンスが問われる。『シンシ』というのは紳士?真摯?それとも本名だろうか?
「ええ、人気のデートスポットですから。まあ、正直に言うともう何回来たか、忘れてしまいました」
 かく言う私もここには10回以上は足を踏み入れている。
 その時、地面が揺れ始めた。
 来る。空を見上げると空から真っ赤な隕石がこちらに向かって落ちてくる。その衝突のすさまじい轟音と衝撃で私は吹き飛ばされた。幸い私はネコなので三半規管は発達している。その熱で毛がチリチリと少し焼け焦げたが、体を捻って地面に着地した。
「シンシさん?大丈夫ですか」
「ぼくは平気です。ニャンコるさんこそ大丈夫ですか?」
 シンシさんは星だからか。びくともしていなかった。自分自身の重量も自由に決められる。
 雄叫びを挙げながら恐竜の群れが現れた。アバターたちを襲って手当たり次第に齧り始める。
 またこれか。もちろん食べられても死ぬわけではない。痛みを感じる強度は自由に設定でどうにでもできる。普通はオフにするか、半分以下まで下げるか。しかし中には、好きな人がいて何も変えないという。想像を絶する痛みらしい。ちなみにかじられて毀損した身体は設定ですぐに修復できる。
 イベント。それが起こるようにあらかじめ設定されている。初めは珍しさもあって恐怖もあるが、何度も体験すればさすがに慣れてしまう。
「騒がしくなりましたから、他のところに行きますか?」
 私はシンシさんの提案に同意した。
 エリアの移動は簡単だ。メニュー画面を呼び出して選択するだけでいい。それらは頭の中で思うだけでいい。ただし相手がいる場合は離れてしまわないように接触しておく必要がある。
 シンシさんの手は温かった。ついでに私は焦げてしまった毛を元に戻した。
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 政府は深刻化する少子化対策として、男女の出会いの場を創出するためにAIによるマッチングを開始した。長年連れ添う夫婦を理想の模範データとして、趣味、嗜好、家系、年収などの個人情報を元にビッグデータを解析した。
 これに、結婚したい年齢、将来子供を持ちたいかなどの本人の希望をプラスすると相手の条件も加味して自分にぴったりの相手を紹介をしてくれる。しかも会う前から事前に10年、20年後の未来もシミュレーションできる。
 ・・・はずだった。
 この前会ったトイプードル男は最悪だった。必要以上に自分をかわいいと主張するようなナルシストだった。その前の前の大きなカボチャはハロウィンを意識しているのか、くだらない冗談ばかり言って笑わせようとする。
 AIは何をやっているんだ。本当に仕事してんのか、と思うほど。ネットにはこのシステムに対する文句や苦情で溢れかえっていた。しかしながらその一方で実際に結婚するカップルもいてその数が毎月公表されていた。マッチングシステムはこの瞬間にもバージョンアップされ続け、政府は少子化を打破するためと躍起になっている。

「今度、リアルワールドで会いますか?」
 二人きりになった月面で私はシンシさんに告げた。しんとした真っ黒な闇の中に青い地球が浮かんでいた。38万キロ離れていても昼と夜の境目がハッキリと見えた。
「ええ、いいんですか?私なんかで」
 シンシさんの星の顔は爆発しそうなほど真っ赤に染まっていた。これで会うのは3度目だった。自分でも不思議なほどシンシさんに惹かれていた。

 リアルで会うとなると、政府への申請が必要となる。私はシンシさんと別れるとすぐに手続きを始めた。
 カプセル。生命を維持するため必要な装置だった。私たちはこの中で日々生活している。食事も排泄もする必要が無い。筋肉が衰えないようにと適度な刺激が与えられる。全て政府であるAIがやってくれる。
 申請には1週間以上かかる。その間に精密検査、抗体増殖が行われる。異常があれば申請の認可が下りない。
 今や全人類の人口は1千人を切っていた。地球温暖化の環境が激変し、陸地は半分以下になり、その中でも人が住める土地は限られる。人々は残された僅かな土地を求めて何年間も争った。その間にいくつもの国が地上から消滅した。追い打ちをかけるように、異常気象による局所的な集中豪雨や大干ばつ、加えて未知の細菌やウイルスが猛威を振るい、地球はもはや生物が暮らせなくなっていた。
 そんな時、人類はカプセルに自ら入った。入るしかなかった。今は赤ん坊が生まれるとすぐにこの中に入れられ、バーチャルワールドで生活するようになる。ここでは昼も夜も時間の概念は無い。リアルではほとんどの時間を睡眠して過ごす。
 私はこれまで1度だけリアルで人間と会ったことがある。
 それは実の母親だった。思春期を迎えた頃、生まれて一度も親の顔でさえ見たことが無いことが苦しくなって、会いに行くことにした。もちろん相手の同意も要るが、母からもそれを拒まれなかった。
「あなたは×××?初めましてというのも何か変ね。生まれたときには会ったかしら」
 リアルに会った初めての人類である私の母は、その目、その鼻、その口、その顔は私そのものだった。
「わざわざリアルで会わなくても、会おうと思えばバーチャルワールドでいくらでも会えるのに変な子ね」
 晩婚だった母親はすでに齢50を超えていた。顔には深いしわが刻まれていた。
 私は同時に申請していた父親に会う申請を取り下げた。それ以来、バーチャルワールドの中でさえも母親にも父親にも会っていない。

 政府からの許可が下りたの申請してから10日後だった。私にうまく免疫が付かなかったせいで遅れた。早速、シンシさんに連絡を取って会うことになった。
 私はカプセルが出た。カプセルの中は清潔を保てるように特殊な液体で満たされている。リアルの両足で立ったのは何十年ぶりだろう。
 端が見えないほどいくつもカプセルが並んでいた。皆、バーチャルワールドの世界にいるのだろう。リアルとバーチャルとでは何でもできるバーチャルの方を好む人の方が多いのではないだろうか。
 政府が用意してくれた真っ白い部屋の中に男性が立っていた。年上だろうと思っていたが、その容姿は想像してよりも若い。
 いつしか母が私を産んだ年よりも上になっていた。人類の平均寿命は200歳を超える。あまり時間の概念はない。
 私は男性にキスをする。バーチャルではないリアルでしかできないこと。こんな時、すぐに肉体接触をするのが、この世界では普通だ。とうの昔に閉経してしまったが、私の卵子は冷凍保存してある。

 

(完)