
いずこの国の、いつかの話。 東の島国のさらに小さな島。この国のお城には、二人のお姫さまがいました。この国のお殿さまは、年をとってからできた二人の娘たちを大層かわいがりました。欲しいものがあれば何でも与え、見たいと言われればどこへでも連れていきました。 姉はおてんばで冗舌、妹はおしとやかで物静かに、そんな性格の違う姉妹でしたが、大変仲良しでどこでもいつでも二人一緒でした。 ある日、お城の庭で地面に落ちた一羽のツバメを見つけました。姉が手にとってみてもツバメは羽を少し動かすだけでぐったりとして逃げようともしません。 「お城の壁にぶつかってしまったのか……。どうしよう。この鳥、元気がない」 「姉さま、私にお任せください」 妹が手のひらで包み込むとぼんやりと光って、先ほどまでぐったりしていたツバメが体を起こし、空へと羽ばたきました。妹は不思議な力で、怪我を直したり植物を元気にしたりすることができたのです。 「こいつはすごい。素晴らしいな、妹よ。皆にも知らせてやろう」 お城には姉の話を聞きつけた人たちがやってきました。でもほとんどの人が本当にそんなことができるのかと半信半疑でした。 「もう一週間、娘の熱が下がらないままなんだ。どうかお願いです。助けてやってください」 父親がぐったりした娘を抱えてやってきました。妹が娘の頭に手のひらを当ててやると手のひらがぼんやりと光って熱がすっと引きました。娘はすぐに元気になって父親と歩いて帰っていきました。 他にも足が悪かったり、体調が悪かったりする人たちも、妹が手のひらを当ててやると、 「ありがとうございました。ずっと足が悪かったのに痛みが取れて楽になりました」 「咳が止まらなかったのが嘘みたいに、ぴたりと止んだんだ」 そんな治った人たちの噂は、国中に瞬く間に広がっていきました。初めは日に数えるほどだった人たちが、やがて順番を待つ行列ができ、遠方からも人が押し寄せてくるようになりました。 治った人々が嬉しそうに帰っていく姿や、隣で喜ぶ姉の顔が見たくて妹は力を使い続けました。しかしこの力を使ったその後はとても疲れてしまうのです。それに怪我や病気の具合が悪ければ悪いほど時間もかかります。また怪我や病気の具合があまりに悪過ぎると、いくら力を使っても治すことはできませんでした。 ある日、お城にお坊さんがやって来ました。このお坊さんは遠くの国を旅してきた偉いお坊さんでした。妹の不思議な力を目の当たりにして、 「ほう、これは珍しいな。その力は人々を救う。だが、おまえの命を削る。長生きしたくば、もう使うでない」 それまでよいことだと二人の好きにさせていたお殿さまは慌てて、妹に力を使うのを止めさせました。そしてお城にやってきた人々を追い返してしまいました。 みんながお城から去った後で、 「知らなかったとは言え、すまなかった」 姉は妹をぎゅっと抱きしめました。それ以来、妹は力を使うのを止めました。それからこの不思議な力のことは月日を重ねるとともに人々の記憶から忘られていきました。 月日は流れて、年頃になった姉のもとに縁談の話が舞い込んできました。相手は島国の中でも大国と呼ばれる国の三男で、年齢こそ年上で少し離れているものの、相手には申し分ない相手でした。何よりこの国には跡継ぎとなる男の子がいなかったので、お殿さまもいずれ娘に養子をどこかでと、思っていたのでした。 早速、この国のお殿さまが出向いていくと、話はとんとん拍子に進み、正月を迎えるように前に縁談の日取りは、卯月(4月)と決まりました。祝言はこの国のこの城で執り行われることになりました。他にもいくつか候補が出ましたが、養子になるということはいずれこの国の城主になるということ。またこの城は、別名桃山城と呼ばれるほど桜の名所としても有名な地でした。誰も反対はしませんでした。 その話を聞いていずれどこかに嫁いでいくものと思っていた姉は、ずっとこの城に居ることができると知って大層喜びました。 「姉さま、良かったですね」 妹もお殿さまも誰もが卯月になるのを楽しみにしていました。この年は冬が明けるのが早く、山の雪も早くに溶け始め暖かい日が続きました。 「また雨……」 姉がそうつぶやくのを妹が聞いていました。このところ暖かい雨の日が続いて、弥生(3月)の終わりにはすでに桜のつぼみが開き始めていました。祝言の日までまだ十日以上あります。 その数日後、何日か晴れた日が続いて城の桜は満開になりました。それは見事な桜で城山が桃色に染まりました。城山の高台には昼はもとより、提灯がつるされて夜遅くまで大勢の人々が花見にやってきました。桜は花が咲くとあとは散ってしまうだけです。このままだと姉の祝言の日には桜は散ってしまいそうでした。 「ごめんね、もう少しだけ頑張っておくれ」 妹は毎夜に城を抜け、山中の桜の木にそっと手のひらを当てて回りました。ぼんやりとした光るひかりの目撃者がその年の山にはたくさんありました。 「うむ、今年の桜は不思議なほど散らぬな」 お殿さまが言う通り、その年の城山の桜は、雨が降っても風が吹いても辛抱強く咲き続けました。しかし姉の祝言の前々日になって、この地に嵐のような強い風が吹き荒れて桜はついに散ってしまいました。 「こればかりは仕方ないな。散った花びらは元には戻らん」 地面に落ちた桜の花びらを見て残念そうに言う姉の姿を見て、 「すぐに桃色の花をこの城に集めなさい」 妹は城のものに命じました。すぐに国中から集まられた桃色の花を城山に続く山道に一つ一つ植えていきました。しかし、桃色の花はまだまだ足りません。 「急いで白い花を集めなさい」 と妹は再び命じて、今度は国中の白い花が集められました。同じように花は山道に植えられて、それに妹は一つ一つ手のひらを当てていきました。するとぼうっと光って白色の花びらは桃色に変わっていったのです。 そして祝言の朝、城山は再び桃色に染まっていました。天守閣から見下ろす城山は、まるで桜の花びらが敷き詰められたようでした。「まこと、あっぱれ」と姉の結婚相手もその親族も、それを見て大変感激しました。 「姉さま。どうかお幸せに」 姉の婚礼は無事に執り行われ、このときの城山の桃色は、遠く一里先からでも見えたと語り継がれています。 数年後、今度は妹にも縁談の話がやってきました。相手は海を渡った国のお殿さまの息子で歳も近くて、この地から遠いことを除けば相手には申し分ない相手でした。両国がともに繁栄していけるように、妹を正室に欲しいと言ってきたのです。 早速、この国のお殿さまが出向いていくと、話はとんとん拍子に進み、縁談の日取りは文月(7月)と決まりました。祝言は相手のお城で執り行われこととなりました。相手に嫁ぐということは向こうの国の人間になるということでした。人の足で一ヶ月、馬の足でも十日はかかります。妹の門出は一月前の水無月(6月)と決まりました。 「今日まで大切に育てていただいて、私は幸せものです」 妹は笑って言いますが、姉は妹のことが心配でした。もしかするとこれが今生の別れとなるかもしれません。 水無月は夏に入る前の梅雨の時期で、雨が多い季節です。特にこの年は台風が多くて船が出せず、妹の出発が二度も延期になりました。この国の田畑にも少なくない被害が出ていました。妹は最期に自分にできるせめてもの恩返しと、夜な夜なお城を抜け出し農作物に手を当てて回っていたのでした。 長い雨がようやく明けて、ついに妹が旅立つ日がやってきました。出発の準備が整い妹がお城の外に出てみると、 「桜・・・」 辺りは一面桃色に包まれていました。 桃色の花、桃色の髪飾り、桃色の手拭い、桃色の桃色の扇、桃色の貝、桃色の魚、桃色の紐、桃色の菓子、 「この時期にさすがに桜はもう無いが、みんな、おまえのために集まってくれた。二度も延期になるから大変だったんだぞ」 桃色の着物を身にまとった姉が言いました。 この国の人々が桃色のものを手にし、この城山には国中からあらゆる桃色のものが集められていました。妹を祝うために姉の呼びかけにより、出発の日に桃色のものを持って送り出そうと、妹には内緒で国中に伝わっていったのです。 「姫さま、おめでとうございます。私、幼い頃、姫さまに病気を治してもらったことがあるんです。こうして元気でいられるのも姫さまのおかげです」 そう言う若い娘も桃色のお面をしていました。この国の人々は妹の不思議な力のことを覚えていて、お城を抜け出していたことも知っていたのです。 「妹よ、達者でな」 このとき、城山に集まった桃色の長い行列が遠くまでどこまでも続いていました。妹はその行列に見守られながら旅立っていきました。 「それから、この地域では桃色の花を結婚式に贈るようになったんですよ」 「そうなんですね、ほんとこの花、とってもかわいい」 店内で花を見ていた若いカップルの女性の方が言いました。目の前には桜に似た色をつけた花がたくさん咲いています。 「そうでしょ。姉の婚礼のときに妹が不思議な力を使って桃色にした花が……、あれ待てよ、妹の門出にお城に集められた桃色の中にあった花だったかな・・・…」 今年で二十歳になるアルバイトの女子大生は、まだこの花屋で働き始めて2週間でした。 「えっ、この話って、実話なんですか?妹の不思議な力も?」 これまで関心の無さそうだったカップルの男性の方が驚いて言いました。 そのやり取りを聞いていたこの花屋の店長が、ハハハと笑いながら、 「どうだろうね。病気までは治せないけど、僕たち花屋だって、花を元気にさせたり長持ちさせたり不思議な力を持っているよ」 背の名高い店長は、あごひげがおしゃれにそり揃えられています。 「当時は花屋さんなんてまだなかったから、花を集めるのは大変だったと思うよ。一説では赤いものも一緒に集められたというのがあって、赤色と白色を、こうして混ぜると遠くから見ると桃色に見えるでしょう」 店長が赤い花と小さい白い花と束ねて見せると、確かにそれは桃色に見えました。 「たまたまなのかもしれませんが、今年に入ってからこの花を買っていた男性が結婚されるというお話を2件伺いました。昔から花には想いを伝えると言います。本当に不思議な力があるのかもしれませんね」 ちょうどそのとき電話が鳴って店長は、メモをしながら店の奥へと引っ込みました。 先ほどからカップルの女性の熱い視線のプレッシャーを浴びながら、男性はアルバイトの女子大生に、 「じゃあこの花ください。ところで、これはなんて言う花なんですか?」 「この花の名前は『さくらひめ』っていうんです。花の名前には妹の姫の名前が付けられ……、あれ待てよ、姉の方の名前だったかな……」 (おしまい) |